ダイコンは大きな根?
稲垣栄洋
私たちは、毎日いろいろな種類の野菜を食べています。野菜は植物ですから、根や葉、茎、花、実などの器官からできています。例えば、キャベツやレタスなら葉の部分を食べていますし、トマトやナスなら実の部分を食べています。
では、ダイコンはどの器官を食べているのでしょうか。漢字で「大根」と書くくらいですから、根のように思うかもしれませんが、そんなに単純ではありません。
ダイコンの芽であるカイワレダイコンを見ながら考えてみましょう。カイワレダイコンは、双葉と根、その間に伸びた胚軸とよばれる茎から成り立っています。根の部分には、種から長く伸びた主根と、主根から生えている細いひげのような側根があります。私たちが食べるダイコンをよく見てみると、下の方に細かい側根が付いていたり、側根の付いていた跡に穴が空いていたりします。ダイコンの下の方は主根が太ってできているのです。いっぽう、ダイコンの上の方を見ると、側根がなく、すべすべしています。この上の部分は、根ではなく胚軸が太ったものです。つまり、ダイコンの場合、上の部分と下の部分とで違う器官を食べているのです。
器官が違うことで、じつは味も違ってきます。なぜ違ってくるのでしょう。
胚軸の部分は水分が多く、甘いのが特徴です。胚軸は、根で吸収した水分を地上の茎や葉に送り、葉で作られた糖分などの栄養分を根に送る役割をしているからです。
いっぽう、根の部分は辛いのが特徴です。ダイコンは下にいくほど辛味が増していきます。ダイコンのいちばん上の部分と、いちばん下の部分を比較すると、下のほうが十倍も辛味成分が多いのです。ここには、植物の知恵ともいえる理由が隠されています。
根には、葉で作られた栄養分が豊富に運ばれてきます。これは、いずれ花を咲かす時期に使う大切な栄養分なので、土の中の虫に食べられては困ります。そこで、虫の害から身を守るため、辛味成分を蓄えているのです。ダイコンの辛味成分は、普段は細胞の中にありますが、虫にかじられて細胞が破壊されると、化学反応を起こして、辛味を発揮するような仕組みになっています。そのため、たくさんの細胞が壊れるほど辛味が増すことになります。
これらの特徴を活用して調理すると、ダイコンのさまざまな味を引き出すことができます。例えば、大根下ろしを作るときに、辛いのが好きな人は下の部分が向いていますし、辛いのが苦手な人は上の部分を使うと辛味の少ない大根下ろしを作ることができます。また、ダイコンを力強く直線的に下ろすと、細胞が破壊されて、より辛味が増します。逆に、円を描くようにやさしく下ろせば、破壊される細胞が少なくなり、辛味がおさえられるのです。
普段何気なく食べているダイコンも、植物として観察してみると興味深い発見があります。他の野菜はどうでしょうか。いろいろと調べてみると、これまで気づかなかった野菜の新しい魅力が見えてくるかもしれません。